シューターのブログ

23.6

 

今日は新しいバイトを始めようと面接に行きました。そこで履歴書に貼る写真を取りに行ったのですが、右頬にニキビが...。同じニキビの写真が何枚も印刷されるのは嫌だな、これは一大事。「どうしようと」嘆いていると、母からあるものを渡されました。それは”ファンデーション”。「なんで俺が”ファンデーション”!?」とはいえ、「やってみないとわかんないかー」ということで、ニキビに塗ってみると...「えっ、めちゃ消えるやん...」「化粧ってやば」メチャつぼりました。まあ、そんなことはさておき、一つ知ってもらいたい数字があります。

 

残念な23.6

23.6という数字を聞いて何を思い浮かべるでしょうか。ただ、キリの悪いようなビミョーな数字だなと思うかもしません。多分23.6という数字を聞いてもピントくるものが無いでしょう。この数字、あるマーケティング調査で出た「日本人が夢を諦める平均年齢」です。この数字を聞いて若いと思うかどうかわかりませんが、僕はあまりにも若いと感じます。「人生100年時代」と言われているにも関わらず、人生の4分の1の地点に達する前に諦めてしまう。「人生一度きりとわかっていてみんな夢を諦めているのかな?」と僕はつい疑問に思ってしまいます。

 

社会にとってはありがたい!?

この23.6という数字、皮肉にも社会のことを考えた時にはプラスに捉えることも可能です。なぜなら、「夢を諦める人がいてくれるからこそ、社会が回るから」です。極端な話を例にあげますが、みんなが”医者”を目指すとします。そして「医者になるまでは何年浪人してでも勉強し続けるんだー」とみんなが夢を追いかけ続けたら、「他の医療周辺の仕事やその他の雑用は誰がやるのって?」ことになります。もっと、例を拡張してみます。例えば、「とりあえず何かでっかいことをしたいんだー」と夢を探していたとします。そのために、時間を費やし、ろくに働きもしません。この場合、国してみればたまったものではありません。ただでさえ少子高齢化なんだから、「経済を回す一端を担えよ」「税金をたくさん納めろよ」となります。だから、「夢を探すこと」や「夢を追いかけること」は社会的にはある意味迷惑で、「夢を諦めること」は歓迎されます。

 

頑張っても報われない社会が待っている

このこと、昨日の東大の入学式で、ジェンダー研究の第一人者の上野千鶴子さんに述べられました。今とても話題になっていますよね。もちろん、この「頑張っても報われない社会が待っている」ということは印象深かったのですが、特にその中で、印象に残った部分があります。

 

世の中には、頑張っても報われない人、頑張ろうにも頑張れない人、頑張りすぎて心と体を壊した人たちがいます。頑張る前から、「しょせんお前なんか」「どうせ私なんて」と頑張る意欲を挫かれる人たちもいます。

あなたたちの頑張りを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。

恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれない人々を貶めるためにではなく、そういう人々を助けるために使ってください。

そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。

 

先述の通り、社会にとっては「夢を諦める」ことは歓迎される傾向があります。そして、上野千鶴子さんの一文。『頑張る前から、「しょせんお前なんか」「どうせ私なんて」と頑張る意欲を挫かれる人たちもいます。』から分かるように、「夢を諦させる」トラップが社会にはあふれています。だから多くの人は20代前半で夢を諦めてしまうのだと思います。でも夢が、はたから見れば、「馬鹿げたようなでっかい夢」、「人に大きく役立つような夢」の場合、僕は諦める必要はないと思うし、その夢を持っている人には諦めて欲しくないです。「夢を追える」という環境にあるだけで幸せだと言えます。だから、僕は同じ世代の人たちに20代で「夢を諦めるということ」はして欲しくないです。そして、自分の弱いところは人と協力して支え合い、夢を叶えて欲しいと思いますし、自分自身そうありたいなと思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます