シューターのブログ

相手が悪かった?!〜立ちはだかるソクラテス

 

この頃、ディスカッションをする中で、正論を言うことはある程度情報があれば簡単なことであるが、正論を言えば良いってもんじゃないなと感じることがあります。ディスカッションの中では、正論と正論がぶつかり合うことがよくあり、どちらを完全に否定することもできなければ、どちらを完全に取ることもできません。だから、結局のところ「バランスや割合といった問題かな」なんて思ったりします。もしくは、そもそも正解なんてないし、「人それぞれなんじゃない?」と思うようになってきました。

 

巡り巡り、辿り着いたのは哲学?!

大学に入ってから興味本位で100冊以上の本を読んできました。ディスカッションがあれば、それに関すること本を読んだし、授業で気になることがあったら、授業で扱った分野の本を読みました。研修や旅に出れば、研修に関する本、旅先に関する本を読み漁りました。そして、最近は、3月に沖縄に行ってからと言うものの、戦争関連の本を読んで、文化について知らないと深くはわからないなと思い、文化に関する本を読み、文化を理解するためには思想がわからないといけないなと東洋思想の本を読み、東洋思想の本を読んでいると、宗教について知らないといけないなと宗教の本を読み、宗教に関連して天皇のことも調べておこうと天皇関係の本を読み、宗教・東洋思想・天皇の本を読んでいると、何かしら西洋哲学に絡んできて、西洋哲学を勉強しなければとなっています。

 

西洋哲学を勉強し始める

そこで、西洋哲学の本を読み始めたのですが、如何せんとっつくにくい。そこで、人気のブロガー「飲茶」が出版している本『史上最強の哲学入門』(河出文庫)を読み進め勉強することにしました。そして、西洋哲学の一番最初となると、古代ギリシャの話になります。そこで僕はいきなり頭をハンマーで殴られてようなことを本で読みました。

 

プロタゴラス

そのこととは今から2400年前のギリシャに遡ります。当時のギリシャの頃にすでに人間は真理(正しい道理)を求めていました。「〇〇が正しいのか?」いや「△△が正しいのか?」と。で結局のところ、当時のギリシャの哲学者はこう結論付けました。

「絶対的な真理なんてそんなものはない!価値観なんて、人それぞれさ!」(『史上最強の哲学入門』による)

「結局それかよ(笑)!」と思うと同時に「いやーわかるわぁ!」と共感しました。結局、「今も昔も人は考えることは同じなんだなっ」とプロタゴラスに勝手に親近感さえ持ってしまいました。やっぱり僕の「人それぞれじゃない?」って考え方は間違っていなかったんだ!」と少しばかりと自信も持ちました。そして、この考え方を「相対主義」と言うのですが、この相対主義ではある問題が生じてきました。

 

相対主義の弱点

「人それぞれ違うから、正解なんてないよー」って言っていると、人は「真理なんて求めなくていいよねー、とりま適当でいいじゃん!」と堕落していきました。すると当時民主主義であったギリシャはダメになっていきます。さらに、政治家は具体的なことを言うと「相対主義」を駆使して、「その考え方は他の視点から見たらおかしいんじゃないの?」と、いとも簡単に他の政治家に反論されるようになりました。そうなると政治家は、具体的なことを言わず、当たり障りのないこと、うわべだけのことを言うようになります。そして、さらに世の中は良くない方向へと進みます。そこで政治家に立ち向かったのがそう、ソクラテスです。

 

僕に立ちはだかるソクラテス

このままではダメだと立ち上がったソクラテス。政治家に立ち向かいます。そこでソクラテスは政治家に質問をしまくり、政治家が無知なことを民衆に知らしめ、恥をかかせます。

「この政治家どもは何もわかっていない」と。(こんなことをやっていたのでソクラテスは処刑されるのですが、苦笑)

ではなぜソクラテスはこのようなことをやったのか?めちゃくちゃ生意気なやつだったのか?

それは、ソクラテスが政治の腐敗や国民の堕落を見てきた中で、「相対主義」(人それぞれ違うよねー)をやめて、「真理を追求してほしい」と言う思いが強くあったからです。そして、その第一歩として、自分は何も知らないことを知ることが大切だ、「無知の知」を政治家たち、はたまた民衆に唱えていったわけです。

そうここで、僕の「人それぞれだよねー、だから答えなんかないよね」と言う態度が否定されました。ここで僕は「意見を持つことの大切さ」を知りました。そして「もっと勉強しなければな」と思いました。(それにしても相手が悪すぎた...めちゃ偉人じゃん(笑))

 

最後まで読んでいただきありがとうございます